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Brazil2008 Travel Report #04 遠くて近い国?遠くて遠い国?

kanda.jpg

前述した様に、サンパウロのリベルダージは南米最大の日本人街です。
なので、ブラジルに移住した日本人や、日系2世、3世の方々が沢山住んでいる。
テレビも、NHKだけは映ります。
私がブラジルを訪れた2008年は、日本人のブラジル移住100年の年でした。
と言っても、リベルダージ地区が特別その100年を盛大に祝っているという感じは無く、
淡々といつもと変わらぬ日常が流れている様でした。

リベルダージ地区には、「県人会」というものがあります。
同じ県を故郷に持つ移民達のコミュニティといった感じでしょうか。
定期的に交流会やイベントが行なわれているらしい。
県人会によっては、日本からの旅行者に宿泊場所を安く提供してくれたりするそうだ。
私が静岡県出身だとT橋さんに話すと、静岡県人会が近くにあって知り合いもいるから連れてってやるということで、
夜のリベルダージ散策は静岡県人会から始まりました。

写真は、静岡県人会の門番をしていたK田さん。
これでもかというくらい人が良く、今度天ぷらパーティを県人会でやるからおいでと誘ってくださった。
天ぷらパーティの話題は、後日記すことにします。


riberdarde03.jpg

静岡県人会を出て、リベルダージを北に向かう。
まだそれほど辺りは暗くなく、人通りも沢山あり、近くに学校があることもあって家路につく学生達で歩道はごった返していました。
とは言いながらも、「この路地には夜絶対に入ってはいけないよ」とか、「この奥は野犬が出るから気をつけな」などなど、
いろいろと街の注意点も聞かされる。一歩迷い込んだら、とても危険。それがサンパウロのもう一つの顔でもあるのか...。

次に向かったのは、リベルダージ駅の出口周辺の露店街。この日は久しぶり天気も良く、気温も上がったということもあって、
歩道には仮設の椅子とテーブルが出されものすごい熱気だった。
この時ブラジルは10月。日本と季節は反対なので、春から初夏といった季節ですね。

T橋さんには、「この人達はここらの有力者だよ」と言われいろいろと紹介されるが、
いかんせん周りがうるさくて聞き取れない。私がビールがいける口だと分かるとやたらと注がれる...。
この時飲んだのは、「BRAHMA」というビールと「BOHEMIA」というビール。
後日日本では、BRAHMAは見かける事はあったけど、BOHEMIAは見た事無い。
でもBOHEMIAの方がウマいですので、ブラジルに行ったらお試しあれ。
値段はビン1本で10レアル弱だったと日記には書いてある。600円弱といった感じか。
おつりはお店のお姉さんにチップとして渡す。「こうすると後々サービスがいいんだ」とT橋さん。
どうやらお気に入りのお姉さんらしい。おつりは私のなのだけど...まぁ細かい事は気にしない(^_^;)

日本人のブラジル移住100年。地球の反対側に渡った多くの日本人は、
この1世紀余りの時間でどのような社会をここに築いてきたのでしょうか。

「ジャポン・ガランチード」という言葉を教わった。これは、「日本品質」という意味だそうだ。
ガランチードは、英語で"guaranty"。「保証」という意味ですね。
ブラジルで、ジャポン・ガランチードというと、とても信用があるらしい。
ブラジルに移住した日本人の皆さんは、未開に地でも確固たる信用を築いてきたことが伺える、そんな言葉でした。

しかし、なんとなく、物淋しさも感じた。
提灯を模した街灯も、神社も無いのに道に立ちつくしているいる鳥居も...。
きっと、楽な100年では無かったのだと思います。
日本に帰りたくて、地球の反対側に思いを馳せたことも何度もあったんだろうな。
この酒場で出会ったおじいさん達の表情や手や、そこに刻まれたシワ。
そして「ジャポン・ガランチード」と誇らしげに語るその姿に、
未開の地での100年という時間の重みをずっしりと感じたのでした。

日本に住んでいる日本人にとって、ブラジルという国はとても遠い国です。
カーニバル、ボサノヴァ、サッカー、コーヒーなんていうイメージはあるけど、
南米最大の日本人街があり、100年前に沢山の日本人が移住したなんて、今回まで全く知りませんでした。
飛行機で24時間飛べば着いてしまう。移住した方々が船で大海を渡って来たころとは、格段に近くなっている。
でも、物理的には「遠くて近い国」でも、心の中ではまだまだまだ「遠くて遠い国」なのかもしれません。

数年後には、リオで南米初のオリンピックが開催されます。
きっかけは何でもいいと思うのですが、これを期に、日本とブラジルが、もっともっと近い国になるといいなぁ。

caipirinha2.jpg

そんなこんなで話し込んでいたら夜の10時を回っていた。
T橋 「そろそろ行くか」
ということで、帰路へつく...と思ったら、次は中国人が経営している小さな酒場につれていかれた。

T橋 「君はビールを水みたいに飲むから金の無駄だ。飲ませたい酒がある」
とのこと。これが、カイピリーニャとの出会いである。

カイピリーニャはブラジルのポピュラーなカクテルで、サトウキビから作ったカシャッサ(あるいはピンガ)というお酒に、
ライムと砂糖を混ぜて飲むお酒です。これが、強い!!が...ウマい!!
この後の旅の間で、お酒を飲む場面になると私は必ずカイピリーニャを頼む事になる。
それで、リオ・デ・ジャネイロでは危ない目にも合いそうにもなるのだが...それは旅の後半の話題としてとっておくことにしましょう。

caipirinha.jpg

うーむ、しかしカイピリーニャは効きます。調合の度合いにもよると思うのですが、
T橋さんが調子に乗って注ぐので、こんな顔しながら(上写真)クイクイ飲んでしまった。
数時間前マックスだった警戒心はどこへ行ってしまったのでしょうか...。もはや完全に無防備状態です。
写真で私の隣にいるのは、ペンション荒木で出会ったSトシさん。彼との出会いはまた別の回で書くことにしましょう。
(私の後頭部の後ろ。バンディランテス病院という日本語が見えるでしょうか。リベルダージ内には、日本語の看板も良く見かけます。)

chi.jpg

この中国人の経営する酒場ではもう2つ出会いがありました。
それがフランシスコ(写真左)とジョッフェ(写真右)です。
二人とも歳は同じくらい。大学からの帰りとのことでした。
勿論言葉は全く通じず。でもつたない英語でなんとなくコミュニケーションを取る。
ブラジルで広まっているSNSのorkutを勧められる。そういえば、orkutもfacebookもこの旅がデビューでした。

ちなみに上の写真で私とジョッフェがやっているこのジェスチャー。ブラジルでは多用します。
「オッケー」とか、「グッド」という意味です。
ここで注意なのが、日本でやる人差し指と親指で丸を作る「オッケー」というジェスチャー。
これはブラジルでは卑猥な意味になってしまうらしい。中指を立てるあれと同等クラス。
でも結構癖でやってしまうんです、満面の笑顔で「オッケー」とか言いながら指で丸を作る...。
相手も反応に困るよね(汗)こいつは敵なのか見方なのか!?なんて。ブラジルに行く際は気をつけて下さい。

そんなこんなで、警戒心120%だった私の心は、日本人の移民の皆さんと、ブラジル人の青年達と、カイピリーニャのおかげで、
完全に大解放状態になってしまったのでした。
この後ふらふらになって帰り、シャワーも浴びずにベッドに倒れ込んだのは言うまでもない。
こうしてブラジル2日目は終了。次の日はサンパウロ大学に行く予定です。
  1. 2011/05/18(水) 06:36:39|
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