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その後の未来としてのアーカイヴ

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index

 ・背筋を伸ばし直す日
 ・治療方法に興味が持てない日々
 ・その後の未来としてのアーカイヴ
 ・未来のイメージ

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背筋を伸ばし直す日

ふと気付けば6月も25日。友人の命日が3日も過ぎていました。
先日親友の結婚式で上京した際、時間を作って墓参りに行こうと思っていたのですが、
深夜高速バスのチケットを取り損ねた為に東京に着くのが遅くなってしまい、しかも日帰りということでチャンスを逃してしまった。。。

この時期にはこの内容の文章を毎年書いているのですが、一年に何度かある友人の命日なのです。
墓参りに行ける時は墓の前で。そうでない時は空でも見上げて、一年の活動報告をすることが習慣となりました。
自分の生き方を見直し、「亡くなっていった友人達に恥ずかしくない生き方がちゃんと出来ているか?」との問いかけに、毎回肩身が狭くなり、改めて背筋を伸ばし直してばかり。
もう10年近く続けていますが、一向に進歩の無い自分に、ため息が出つつも、大切なことを忘れない為の大事な時間となっています。

ちょうど10年前の今頃、東京の小さな整形外科クリニックで、「膝に腫瘍がある可能性があります」と告げられ、
その意味がよくわからず帰宅し、当時つき合っていた子にヘラヘラと話した時、「骨肉腫じゃないよね...?」と言った彼女の青ざめた顔が今も忘れられない。
それから、結局僕の20代の半分以上は「逃病」生活となってしまったわけですが、今振り返ってみれば、結果論として、かけがえの無い大切な10年間となりました。


治療方法に興味が持てない日々

このブログは、逃病を始めて2年目くらいから書き出したのですが、高校時代の友人がネット上の掲示板を作ってくれたのがきっかけでした。
逃病生活中は、がんの治療に全く興味を持てず...というのは結局絶対に効くと言った明確な治療方法も無いので、
どれを選んでも確実性は無いのだとすれば、調べれば調べる程振り回されそうな気がして、萎えてしまったわけです。
巷にあふれる○○療法の数々も、「こんなに沢山の人に効果があります!」と書いてあるけど、
どれも全員に効く訳では無かったし、お金もかかるものばかりだった...。←ちょっとは調べた。
抗がん剤も、結局僕の場合は殆ど効かず...とはいえ、7種類くらいを20クール以上やりましたが...結局最後は選択肢もなくなり、
効かないならやっても無意味だと、自主的に止めてしまいました。
(抗がん剤が劇的に効く人もいらっしゃいます。抗がん剤治療批判では無いので悪しからず。
願わくば、日本で選択できる抗がん剤の種類が、一つでも増えることを願ってやみません。患者にとって、提示される選択肢の数は、そのまま希望の数に等しいです。)


ただし、「治す」…というか、「逃げ切る」ことを諦めていたという訳では全然無く、
どんな治療をしても治るか治らないかは運なのだとしたら、治ること前提で生活しよう。
それで死ぬのならその時はその時だという、究極的にポジティブな気持ちだったのです。

例えば10年治療して治ったとして、「はい治療終わり。もう来なくていいよ」となった時、
その10年で何も積み上げずに社会に放り出されたら、それこそ悲劇だ!と思ったわけです。
貴重な20代を無駄(語弊があったらすみません)にし、ただの無能な人として、「僕は病気だったからしょうがないんです」とか言って同情を貰って生きる。
その未来がイメージされた時、青ざめました…このまま行ったら僕の人生どうにもならんぞ…と。

なので、目の前の治療をどうするかというよりも、治った後のことばかりを考えていました。
この逃病期間が、人生の足踏み期間になるべくならない様にするには、どうすればいいのかを考え、
地元の新しいがんセンターでの治療をかたくなに拒み、古くてぼろっちくても東京にある病院で治療をしながら、大学に通い続けることを選んだのです。
(今はその病院も新しくなり、最新鋭の病院になりましたよ^^;ホントにぼろかった...w)


その後の未来としてのアーカイヴ

その時、よく探していたのは、治った人がその後どんな生活をしているのか?という情報です。
ネットで調べたり、書店に行ったりしました...が、そこには満足いく様な情報はありませんでした。
というのも、あるにはあるのですが、「普通じゃ無い生活」の情報しか無いのです。
大抵は、パラリンピック選手になるか、人々に感動を与えて亡くなってしまうか、どちらかしかない。

もっと普通でいいのにな。大学行ったり、旅行したり、結婚したり、子育てしたり...。
でも、そういう情報って無いんです。当然ですが、売れないからです。感動の涙の無い普通のお話は、誰も求めてないのです。
(上記の様な情報が悪いと言っているのではありません。ただ出回っている情報の内容が、偏っていると言いたいだけです。
現に僕の背中を大きく押してくれたのは、有名な車椅子バスケットボールの選手でした。もし気分を害された方がいらっしゃいましたら、お詫び致します。)

結局治療中の僕が出会うのは、新しく病院に入ってくる人と、再発して病院に戻ってくる人が大半でした。
そして僕自身も、何度かの再発で「病院に戻ってくる人」となっていたわけです。

売れなければ情報を発信出来ない。それが、20世紀のメディアの限界なんだろうなぁ感じていた矢先に、このブログというものに出会いました。
当時丁度流行りだした頃で、SNSなんて言葉がまだ日本に浸透する以前の時代です。
インターネットに繋がってさえいれば、採算考えずに誰でも好きなことを世界中に発信できる。
逃病後の情報が世の中に少ないのであれば、将来はその情報を発信する一人になれればいいなと。
その為に、逃病中の情報も書き残しておこう。というのが、このブログのコンセプトでした。

なので…、今読み返すと恥ずかしい内容や、粋がった話ばかりなのですが、
敢えてそれを整理せずそのままにしているのは、今現在病と向き合っている子供達やそのご両親の目に、当時の僕の生の感情が触れて、
何かの希望か可能性になればいいなと思っているからです(「子供達」と書いているのは、「骨肉腫」は主に10代の「がん」だと聞いているからです)。
ここには、特別な治療法も書いてないし、治し方の秘訣も、医者の情報も、有用なことはなーーーんにも書いてないのですが、
ただ「がん」から逃げ切って、今も生きているという事実だけが、何の感動もなくつらつらつらと書いてあり、今も続いているという姿だけあればいいなという感じです。
そんなアーカイヴの一つになることがこのブログの願いで、細々と続けているわけです。


未来のイメージ

僕は、専門的なことや新しい治療法に関しては何も調べもしなかったので、有益なことは何も言えないのですが、
今まさにがんに向き合っている少年少女やそのご両親がこれを見たらならば、
がんから逃げて逃げて逃げまくりながら、それと同時に全て終わった後の自分の未来を、描き続けて欲しいと言いたいです。
無責任な発言なことはわかっていますが、どうか未来を描き続けることだけは、止めないでほしいです。



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後日追記

現在の僕の状況ですが、結果的には、2回目の肺転移による、肺の一部切除の手術を行った後、
抗がん剤の治療も止め、あとはなる様になれと思ってから現在6年の月日が経ちました。
目安としては5年再発が無ければ安心と言われていたので、日々のことに夢中になっている間にいつの間にか過ぎ去っていたという感じです。
現在も半年に一度定期的にCT検査はしているものの、再発も無く、もう必要ないかとも思っていますが、
定期的に検査している分にはむしろ人よりも健康に気を配れていいかなと思っています。
最近では、検査も単に東京に行く口実の様になっていたりして...(冗談を交えてこう言えることが、何よりもありがたい)。

  1. 2013/06/25(火) 14:00:17|
  2. 最近考えてること
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  4. | コメント:5
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  1. 2013/06/26(水) 00:05:09 |
  2. |
  3. #
  4. [ 編集]

毎年この時期になるとY川君ははどうしているのかなと思い出します。私も今年は命日には行けませんでしたが、お母さんの話によると彼の同級生がお子さんを連れてきてくれたと喜んでいました。Y川君は大いなる決断と現実に立ち向かって頑張っているのが本当にすごいと思っています。空から見ている彼らたちの分も合わせたら本当に幸せな人生を送ってほしいと思います。応援しています。
  1. 2013/06/28(金) 13:11:20 |
  2. URL |
  3. LUCY #-
  4. [ 編集]

大変お久しぶりです

メッセージありがとうございます。覚えていて下さり、ありがとうございます。Y君のご家族や、ジェシカさんはお元気でしょうか?

失敗と反省の連続で、なかなかこれと言った報告が空の上にできないのが毎年悔しいのですが...。
でも彼らの存在が僕の中に生き続けている限り、道を踏み外すことは無いと思っています。
長期戦になるかとは思われますが、必ず最後には良い報告が出来る様、彼らの分も、生きている時間を楽しもうと思います。
  1. 2013/06/28(金) 22:22:41 |
  2. URL |
  3. architraveler > LUCYさん #hlPxZLjI
  4. [ 編集]

お元気そうで安心しました。

同じ病気の子供を持った母親として、治療や足の手術をなさってる吉川くんのブログは
いつも、私が知りたいな~と思ってる普通の情報がありました。

大学に行ったり、彼女さんがいたり、お仕事頑張ってたり....。

中学生のわが子にも、そんな未来があったらいいなと。
素敵な青年だったので、こう育ってくれたらなとか(笑)

今、彼女こそいませんが、普通に大学に行き、友人に恵まれ一人暮らししてます。
思春期まっただ中での闘病は親も必死でした。
今月、義足のなって、十年たちました。

再発もなく、ありがたいです。
吉川くんのよーな好青年になってるかというと微妙ですが(^_^.)

お身体気を付けて、お仕事頑張ってくださいね。
  1. 2013/06/30(日) 13:26:42 |
  2. URL |
  3. てつママ #-
  4. [ 編集]

メッセージありがとうございます

てつママさん

お久しぶりです。もうほとんど投稿していないこのブログを、またのぞいて下さってありがとうございます。

そうですか、てつくんももう大学生なのですね〜。
時の流れは、しばしば残酷にも思えますが、積み重なった時を振り返って、これほど心強いと思えるものも、他に無かったりします。

このブログに、少しでもてつママさんの知りたかった情報があったとの言葉を聞いてとても嬉しいです。
きっと...知りたくない情報も、あったのかもしれないなとも思いつつ...でも、きれいごとだけでは語れませんものね!

僕は、僕ががんになって一番辛かったのは、両親だと思っています。てつママさんも、さぞや大変な日々を過ごされたのではないかと察しております。
がんの当事者は、抗がん剤の気持ち悪さも、手術の傷の痛さも、それに伴う感情の浮き沈みも、
みんな実感として感じているので、あとはただそれを乗り越えれば良いだけなのですが、
はたから見ている両親の心を考えれば、どれだけ想像力を働かしても、決して共有できないというもどかしさが、辛かっただろうな...と。
よく、「代われるものなら代わってやりたい」と言われたことを、覚えています。


一人暮らしとは、逞しいですね!
もしかしたら、てつママさんが知らないだけで、ちゃっかり彼女もいるかもしれませんよ!?
未来ある青年のこれからを、応援しています。僕もてつくんに負けない様、日々を楽しみます。
  1. 2013/06/30(日) 22:58:51 |
  2. URL |
  3. architraveler>てつママさん #XKEzdgio
  4. [ 編集]

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