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走る、歩くを再考する

walk2.jpg


心境の変化

走ろう...と思ってからたった2日ですが、意外にも走るという動作に興味が戻ってくるのは早かった...^^;

2日走ってみて、その動作一つ一つに気を配りながら、

「どのタイミングで足を振り出したらいいのか?」とか、
「どこで足をついたらいいのか?」更には、
「それをするために健足の方はどのくらい跳躍するべきなのか?」等等、

改めて一つ一つに意識を集中しながら、試行錯誤することは、結構楽しいかもしれない。
新しい乗り物を手に入れて、それをどうやって上手に乗りこなすかという時の感覚に似ているかも。
もう5年くらい義足に「乗って」いますが、結構使いこなしているつもりで、まだ全然そのポテンシャルを出し切れていないのだということが、よくわかった気がするのです。

「走る」と同時に興味が湧いたのは、「歩く」という動作です。
義足でキレイに歩くとき、注意しなくてはならない点がいくつかあります。
そこを注意しなくても歩くことはできるのですが、上手な歩き方にはならない。
でもそのキレイな歩き方のポイントを意識しながら歩くのは、結構しんどかったりして、ふと気を抜くと、駄目な(?)歩き方に自然と戻ってしまう。
人の心はどんな時も、易き方向に流れてしまうものですね。
そのキレイな歩き方が、僕はできている...気がしていたのですが、時折街中で大きなガラス面の横を平行に歩くとき、
そこに写る自分の歩いている姿をみると、ちょっと理想と違うなと思うことが実は時折ありました......わかっていて知らんぷりしていたのですが^^;
どうも、義足の方を振り出すときに、腰が引けてるんです。その上で、上半身が若干前方に傾いている気がしている...。
ただ、腰を前に出して背筋を伸ばすと、若干不安定になるのです。多分その状態を感覚的に回避していたのかなと思うのですが、
この辺を、今一度意識して歩く様になったら、なんだか一歩一歩が試行錯誤の連続になってきて、もっともっと歩きたいという欲求にかられていく自分に気づきました。

改めて義足のトップアスリートの映像を探したりもしたのですが、やはり彼らの走りはとても美しい。
より速く!を追い求める過程には、動作の無駄を削ぎ落として、わずかでも多くのエネルギーを推進力に変え、前へ前へという追求があって、それは必然的に美しさにつながるんだろうなぁ。
片足の義足では、どうしても足を前に出す時、つま先が地面にあたることを警戒してしまうことと、左右の足の機構が違うのでどうしても健足の方に体が傾いてぎくしゃくしてしまう。
僕なんかが半端に走ろうと思ってやると、そのぎくしゃく感はどうしても拭えないだろうな...。ただ、トップアスリートになるとそれも感じさせないくらいスムーズです。
そこまで行くには、血のにじむ様な努力が必要なのでしょうが、遥か彼方にそういう境地もあるのだということがわかると、気持ちも全然違います。


3つ目の未知の欲求

僕にとって走るという動作は、今までは「早く走る」ことと「美しく走る」という二つの欲求から成り立っていた行為だったのですが、
与えられた今の身体で「義足という乗り物に乗る」という感覚になったとき、なんだかもう一つの欲求が湧いてきている様な気がしています。
それが、まだうまく言葉に表せないのですが、少なからず心が震える様な、不思議な感覚が胸のあたりにうごめいているんです。
速さでもなく、美しさでもなく...なんなんだろう?自分の手足と...というか、筋肉や神経と対話をする様な?
そこに、今までには無かった義足というもう一つの要素が加わったことによって、もしかしたら従来の「走る」とは似て非なる全く別の行為になっているのかもしれません。
うーん、もう少し試行錯誤を繰り返したら、もしかしたら言葉にできるかも...自信はありませんが。

こうやって、深く追求できるところがこんなにもあるのにも関わらず、
僕が書いた先日の文章(ラン、始めました)の内容は、ちょっと浅はかな部分があったなと反省...。
勿論、その時その時での正直な気持ちだったので、消さずにそのままにしておきますが、
何も追求もせずに結論を出して諦める理由にしてしまっていた自分が、愚かだったなと思います。


宜しければ誰でも、何か、批判でも意見でも、何でもぶつけて下さい。この記事が投稿されてから何年後でも構いません。
「歩く」「走る」に関しては、もう少し自分と、そして誰かと議論しながら、深めていきたいテーマだなと思いました。
まぁ...何をコメントしていいのやらという感じかもしれませんが^^;
「走る、歩くを再考する」と言っても、しばらくは筋肉や骨や神経で考えなくてはならないかな。脳みその出番はまだ先です。


しかし...一歩一歩が楽しいとなると...、つくづくおめでたい自分の性格に呆れます......(-_-;)
  1. 2013/07/15(月) 13:18:17|
  2. 最近考えてること
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
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コメント

こんにちは。はじめまして。
へびと申します。

走ること歩くことを再び考える、何だかステキだと思います。

私はデザインを勉強しています。
当たり前のようなことを未知化することは楽しいけれど、それがまた難しい…というようなことを色んなモノを見たり作ったりして感じて、悩ましい日々を送る学生です…!

走る、歩くことを再考することは何だかデザインに似ているような気がして、上手いこと言えないのですが、コメントさせて頂きました。

実は、ブログを読ませていただいて、かれこれ6年ほどになります。
私は病気をしたことはありません。
今はすっかり傷も癒えていますが、2度ほど脚の大きな怪我をしたことがありまして、そのときにこのブログに出会って、境遇は違うけれど、病院のベッドでいつも元気をもらっていました。

少し話がそれてしまいましたが、私も自分のカラダの隅々を感じてみたい、久しぶりに走ってみたいと思いました。

ぜひ新しい発見をまた書いて下さい。
勝手ながら楽しみにしています。
  1. 2013/07/30(火) 10:37:14 |
  2. URL |
  3. へび #-
  4. [ 編集]

コメントありがとうございます

6年も読んでくださっているなんて、とても嬉しく、ありがたく思いました。
僕はどちらかというと発言も過激な時があるといつも反省しているので、このブログを読んで不快になってしまった方も沢山いらっしゃるだろうなと思う事もあるので、
へびさんの様な方もいらっしゃるという事がわかると、書き続けてきて良かったなと思うことができます。

デザインの勉強をされているとのこと。デザインて、難しいけどおもしろいですよね。
僕は齢31となりましたが、まだまだ空間デザインの修行の身。これからも、日々勉強と挑戦を怠ってはならないという面では、学生時代となんら変わらない日々を送っています(具体性は少なからず上がりましたが...)。
そうやって、日々デザインについて考えていると、段々と自分が考えるべきフィールドが絞れてきた様に今は思います。
その中で大切にしている僕のキーワードは、「日常」ということなんです。勿論、「非日常」のデザインも「日常」のデザインと同じくらい広くて深い分野だと思うのですが、今後の活動の中で、自分のテーマは「日常」に振ろうと決めました。
その中で、当たり前に思っている物事をもう一度再考することや、ある問題の本質的な欠陥や原因を見つめ直した時、何気ない日常の中に、新しいものが見出されるのではないかと考えています。...言うは易し、行なうは難しですけどね。

なので、「走る、歩くを再考する」という言葉に、デザインと似た感覚を抱いて下さったへびさんとは、通じ合うものがあるかもしれませんね^^

これからも良かったら是非、このブログにお付き合い下さいね。遠慮なくコメントも頂ければと思います。
日々考え続け、それを時折アウトプットすることは、走ったり歩いたるするトレーニングと似ているかもしれません。
続ければそれなりに積み重なっていくし、怠れば途端に衰える。細々とでも継続することの大切さを、色々な部分から学びますね〜。
  1. 2013/07/30(火) 11:47:17 |
  2. URL |
  3. architraveler>へびさん #XKEzdgio
  4. [ 編集]

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