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日暮れが日の出より美しい理由

hatsuhigure.jpg
▲2014年初日暮れ

2014年。新年あけましておめでとうございます。

大晦日の昨日、伊豆の空は気持ちよく晴れ、海に沈み行く2013年最後の太陽は、
橙色から濃紺のグラデーションのかかった緞帳(どんちょう)を引きながら、いつもと同じ早さで潔く沈んでいきました。

そして今朝、これもまた同じスピードで、2014年最初の太陽が、新しい一年の幕を上げる。
地球にとってはいつもと同じ、単なる自転運動にすぎないかもしれませんが、
人はそこに希望や期待や、勿論不安も、様々な想いをのせずにはいられません。
今年は、どんな一年になるのでしょうか?楽しみですね〜^^


ここ数年、僕の頭の中には、「暮らす/暮らし」というキーワードがいつも片隅にあります。

暮らすという言葉を聞くと、どんな印象を感じますか?

人々の日々の営みもそうだし、先人の知恵や、その蓄積みたいなものも想起されます。
なんとなく重みがあって、穏やかで、奥深さのある言葉といった印象でしょうか。

一方で、「日暮れ」という言葉の中にもあるこの「暮らす」は、終焉を想起させる様な...、
なんというか、子供の頃星の図鑑で見た、赤く膨れ上がって、最後を迎える「赤色巨星」の様なイメージ。
そこで想起されるのは、「終わり」や「別れ」や「死」であったりもします。

希望に満ちた日の出は、太陽が出たその瞬間!!
新しい命が生まれ出て、おぎゃーと産声が上がった瞬間の、未知への可能性に満ちあふれた閃光の様なものですが、
正に次の瞬間から、命が「暮れる」までのカウントダウンが始まります。

その「暮れる」までの長いプロセスが、「暮らし」です。

「暮らし方」とは「生き方」であると同時に、「死に方」と言ってもいい。
ポジティブな光の部分も、ネガティブな闇の部分も、表裏一体となった一つの概念が、「暮らし」という言葉の中には内包されているのではないかと考えています。

楽しいことも嬉しい事も、悲しいことも辛いことも、成功も失敗も、一切合切受け入れながら、日一日の暮れを、一年一年の暮れを繰り返し、いずれ一つの命を暮らす。
日暮れを眺める時の心には、そういったごちゃ混ぜの感情が渦巻いていて、失敗や後悔も全部飲み込みながら、それでも明日また登るはずの光に思いを馳せます。

だからこそ、今日の暮らしをふまえて明日如何に暮らすのか?それを如何に繰り返すのか?ということが、大切なのかな…というのが、ここ2年程考えた今の僕の思考の途中経過です。

幼少の頃よく遊んだ、伊豆の実家の裏の坂を、電線が見えなくなる所まで登って、2014年初日暮れを拝みました(写真)。
一年間365日、「今日はこれをやったぞ」と、着実に日々を積み上げていくことは容易なことでは無いですが、
何か一つ蓄積する度に日暮れを眺めに行って、自分の「暮らし方」を見直すことが出来る様な一年にできたら良いなと思いました。


そして...、

現在他人の暮らしの大きな部分を担う仕事をさせてもらっています。
今年は新年早々に2つの現場が始まります。責任重大!気合いを入れて臨まなくては!!

2014年も、よろしくおねがいします^^




...え?「日暮れ」の方が美しいのは、単に寝坊して「初日の出」見逃したひがみだろうって?
そそそ、そんなことはないよ〜(((((((((^^;)
  1. 2014/01/01(水) 21:32:24|
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