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#107

YOU ARE WHAT YOU MEET !!

ラン、始めました。

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今週は帰りが4時代という日が続いてしまった。
時間内に仕事を終えるというのは必用な能力なのでお恥ずかしいのですが、やはり提出間近は時間をかけたくなってしまいます。

で、痛感したのは、やはり体力必用ですね。
ここ数年、運動という運動はせず、昨年は結構体を使う活動が多かったのですが、今年に入ってオフィス作業が主になり、どうしても体力と反比例してお腹のお肉も勢力を増してきてしまっています。

ということで、何か運動を!と思った時に、義足では気軽にジョギングとか出来ないしな…と思った瞬間、
「そんなに言う程挑戦もしてないじゃない?」という心の声が聞こえ、そーだよねってことで早速走ってきましたー!!

今晩走ってみて(走るとはまだまだ言えない動きでしたが)思ったのは、生活用の義足でこれを毎日やったら、半年で壊れるな……という印象。
着地時に膝部分にかかる衝撃が結構あります。
ということで、押し入れから昔の義足を引っ張りだしました。明日からはこれに付け替えて走ろう。これなら壊してもいいや〜^^

義足での活動は通常の3倍の体力を使うらしい。といことは、1/3の時間で成果が出るということかな♪
ふふふ、さらばおニク!!



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幼少の頃、沼津陸上という陸上クラブに通っていた頃、監督に「美しい走りのフォーム」を叩き込まれました。
その頃から、自分の中に理想の走りの形があって、走る時はいつもそれを意識していました。
腕の振り方や、足が接地する面積、振り出した足のつま先の方向、平行移動する様なイメージの頭の高さ等等、今でもはっきりと頭の中にイメージできます。
走る際は、太陽に照らされて地面にうつった自分の影を時折走りながら確認したりして、理想の形が実現できているか、いつも追求していました。
それが、必然的に無駄な動きを少なくし、自分の持てる能力の中でより速く走るという結果に繋がって行ったと思います。

ただ、義足になって試しに走る真似をしてみた時、地面にうつる自分の影を見て、その理想との距離に愕然とし、それから走るということには全く興味を持てなくなってしまいました。
ネットで、義足のトップアスリートの走りを見た時も、僕の思い描いている理想の形はそこには無く、「義足での走り方での一番奇麗な形」というだけの様に感じてしまい、
そのときからもう、「走る」ということから目を背ける様になっていったのでした。
はっきり言って、今も純粋に走るという行為にはそれ程興味が戻って来たわけではないのだけど…でも、沢山あるやりたい事達を実現していく上で、絶対に体力は必須だ。
その実現の為に、もう一度走るという行為に向き合ってみようかと思います。その中で、少しでも興味が戻ったら、それはそれで楽しいなぁ。

今の所、「走って気持ちいい」にはほど遠く、苦行の様です。辛いのは、体力的なことではなく、やはり理想通りに走れないという部分。
ま、また嫌いになってしまったら元も子もないので、めげない様に、無理せず出来るときにやるってくらいな気持ちで続けます^^
  1. 2013/07/14(日) 00:15:39|
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涼を納れながら日本語を考える

nouryou


「涼を納れる」

 という言葉をケータイで変換しながら、「イレル」という音の持つ意味の多さに改めて日本語というものを考える。

 これは何かで読んだのか、誰かから聞いたのか忘れてしまったけど(なので正しいかどうかわからないということを事前に言い訳しておく)、
現在の日本語の元となる「大和言葉」が成熟しきる前に、大陸から漢字が伝来したことで、
その時点で存在していた音を、漢字に当てはめてしまった。
だから、「音」としてはそれ以上発展せず、よって日本語には同音異義語が多いのだそうな。

 確かに考えてみれば、50音と言えど実際は子音に5種類の母音が組み合わさっているだけだから、
純粋な「音」の数だけで言えばたったの10個しか無い(「ん」を入れると11個?)。
英語で言えばA〜Zまで26音のうち母音を除けば21個?そこにthやらshなんかが加わると、
純粋な「音」だけで日本語の2.5倍くらいあるわけだ。これに母音を掛け合わせるわけだから、音による表現の数はものすごい差だ(ちなみにヒンディーにはTの発音だけで4つあるらしい...)。

 これだけ差があるのに、表現しなくてはならない物事の数はかわらないのだから、そりゃダブルよね。
でも、日本の美は引き算にあるとすれば、音が少ないからこそ踏める韻や、同じ音だけど違う意味を組み合わせる言葉遊びである駄洒落も、
音が少ないからこそ生まれた日本語独特のユーモアかもしれない(他の言語にもあるかもしれませんがね^^;)。

 最近...というかここ10年くらいおもしろいなと思って傍観しているのは、インターネットの世界で発展している、いわゆる「2ちゃん用語」というやつ。
その発展の仕方はいろいろあるけど、その多くは「誤変換」が定着したものだったりする。
これは、ローマ字変換で日本語を打ち、変換キーで変換する時、間違ったものを選択したまま実行キーを押してしまうことにより生ずる。
それが、時折「なんかこの表現いいね」となって、一種の公用語として定着するというものだ。
有名な「萌え」も、その誤変換から生まれたというのは割と有名な話(?)。
他にも、「うぽつ」や「香具師」等、誤変換が多重に重なって形成された言葉もあり、調べれば調べる程はまってしまうのだ...

ちなみに...
うぽつは アップロードお疲れ→UP乙→うp乙→うぽつ という進化を遂げている
香具師は 奴→ヤツ→ヤシ→香具師 となり、本来の「香具師」とは全く違った意味で流通している2ちゃん用語だ

話を戻すと(汗)、これはそもそも、日本語に同音異義語が多いという言語的な性質に、ローマ字変換という行為が加わり、更にはインターネットという物理的な距離をキャンセルしてしまう技術によって、
言語の発展としては本来考えられないくらいのスピードで広まり、定着したというわけだ。
今では海外でも通じる(ニュアンスが通じてるかは微妙だけど...)というのだから驚き。

 数年前に、恵比寿の写真美術館で開催された、村上隆がコーディネートしていた「おたく展」のベネチアビエンナーレ凱旋展示を見ながら、
そんなことを考えていたな...と、ふと川に足を突っ込み青空を見上げながら思い出していましたとさ。


うーん、朝から変なこと考えたな...。頭寒足熱の逆をやったからだな。全ては、暑さのせいだ、暑さの。
しかし「おたく展」は2004年かぁ...リアルに10年前だ...
  1. 2013/07/06(土) 09:13:08|
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その後の未来としてのアーカイヴ

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index

 ・背筋を伸ばし直す日
 ・治療方法に興味が持てない日々
 ・その後の未来としてのアーカイヴ
 ・未来のイメージ

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背筋を伸ばし直す日

ふと気付けば6月も25日。友人の命日が3日も過ぎていました。
先日親友の結婚式で上京した際、時間を作って墓参りに行こうと思っていたのですが、
深夜高速バスのチケットを取り損ねた為に東京に着くのが遅くなってしまい、しかも日帰りということでチャンスを逃してしまった。。。

この時期にはこの内容の文章を毎年書いているのですが、一年に何度かある友人の命日なのです。
墓参りに行ける時は墓の前で。そうでない時は空でも見上げて、一年の活動報告をすることが習慣となりました。
自分の生き方を見直し、「亡くなっていった友人達に恥ずかしくない生き方がちゃんと出来ているか?」との問いかけに、毎回肩身が狭くなり、改めて背筋を伸ばし直してばかり。
もう10年近く続けていますが、一向に進歩の無い自分に、ため息が出つつも、大切なことを忘れない為の大事な時間となっています。

ちょうど10年前の今頃、東京の小さな整形外科クリニックで、「膝に腫瘍がある可能性があります」と告げられ、
その意味がよくわからず帰宅し、当時つき合っていた子にヘラヘラと話した時、「骨肉腫じゃないよね...?」と言った彼女の青ざめた顔が今も忘れられない。
それから、結局僕の20代の半分以上は「逃病」生活となってしまったわけですが、今振り返ってみれば、結果論として、かけがえの無い大切な10年間となりました。


治療方法に興味が持てない日々

このブログは、逃病を始めて2年目くらいから書き出したのですが、高校時代の友人がネット上の掲示板を作ってくれたのがきっかけでした。
逃病生活中は、がんの治療に全く興味を持てず...というのは結局絶対に効くと言った明確な治療方法も無いので、
どれを選んでも確実性は無いのだとすれば、調べれば調べる程振り回されそうな気がして、萎えてしまったわけです。
巷にあふれる○○療法の数々も、「こんなに沢山の人に効果があります!」と書いてあるけど、
どれも全員に効く訳では無かったし、お金もかかるものばかりだった...。←ちょっとは調べた。
抗がん剤も、結局僕の場合は殆ど効かず...とはいえ、7種類くらいを20クール以上やりましたが...結局最後は選択肢もなくなり、
効かないならやっても無意味だと、自主的に止めてしまいました。
(抗がん剤が劇的に効く人もいらっしゃいます。抗がん剤治療批判では無いので悪しからず。
願わくば、日本で選択できる抗がん剤の種類が、一つでも増えることを願ってやみません。患者にとって、提示される選択肢の数は、そのまま希望の数に等しいです。)


ただし、「治す」…というか、「逃げ切る」ことを諦めていたという訳では全然無く、
どんな治療をしても治るか治らないかは運なのだとしたら、治ること前提で生活しよう。
それで死ぬのならその時はその時だという、究極的にポジティブな気持ちだったのです。

例えば10年治療して治ったとして、「はい治療終わり。もう来なくていいよ」となった時、
その10年で何も積み上げずに社会に放り出されたら、それこそ悲劇だ!と思ったわけです。
貴重な20代を無駄(語弊があったらすみません)にし、ただの無能な人として、「僕は病気だったからしょうがないんです」とか言って同情を貰って生きる。
その未来がイメージされた時、青ざめました…このまま行ったら僕の人生どうにもならんぞ…と。

なので、目の前の治療をどうするかというよりも、治った後のことばかりを考えていました。
この逃病期間が、人生の足踏み期間になるべくならない様にするには、どうすればいいのかを考え、
地元の新しいがんセンターでの治療をかたくなに拒み、古くてぼろっちくても東京にある病院で治療をしながら、大学に通い続けることを選んだのです。
(今はその病院も新しくなり、最新鋭の病院になりましたよ^^;ホントにぼろかった...w)


その後の未来としてのアーカイヴ

その時、よく探していたのは、治った人がその後どんな生活をしているのか?という情報です。
ネットで調べたり、書店に行ったりしました...が、そこには満足いく様な情報はありませんでした。
というのも、あるにはあるのですが、「普通じゃ無い生活」の情報しか無いのです。
大抵は、パラリンピック選手になるか、人々に感動を与えて亡くなってしまうか、どちらかしかない。

もっと普通でいいのにな。大学行ったり、旅行したり、結婚したり、子育てしたり...。
でも、そういう情報って無いんです。当然ですが、売れないからです。感動の涙の無い普通のお話は、誰も求めてないのです。
(上記の様な情報が悪いと言っているのではありません。ただ出回っている情報の内容が、偏っていると言いたいだけです。
現に僕の背中を大きく押してくれたのは、有名な車椅子バスケットボールの選手でした。もし気分を害された方がいらっしゃいましたら、お詫び致します。)

結局治療中の僕が出会うのは、新しく病院に入ってくる人と、再発して病院に戻ってくる人が大半でした。
そして僕自身も、何度かの再発で「病院に戻ってくる人」となっていたわけです。

売れなければ情報を発信出来ない。それが、20世紀のメディアの限界なんだろうなぁ感じていた矢先に、このブログというものに出会いました。
当時丁度流行りだした頃で、SNSなんて言葉がまだ日本に浸透する以前の時代です。
インターネットに繋がってさえいれば、採算考えずに誰でも好きなことを世界中に発信できる。
逃病後の情報が世の中に少ないのであれば、将来はその情報を発信する一人になれればいいなと。
その為に、逃病中の情報も書き残しておこう。というのが、このブログのコンセプトでした。

なので…、今読み返すと恥ずかしい内容や、粋がった話ばかりなのですが、
敢えてそれを整理せずそのままにしているのは、今現在病と向き合っている子供達やそのご両親の目に、当時の僕の生の感情が触れて、
何かの希望か可能性になればいいなと思っているからです(「子供達」と書いているのは、「骨肉腫」は主に10代の「がん」だと聞いているからです)。
ここには、特別な治療法も書いてないし、治し方の秘訣も、医者の情報も、有用なことはなーーーんにも書いてないのですが、
ただ「がん」から逃げ切って、今も生きているという事実だけが、何の感動もなくつらつらつらと書いてあり、今も続いているという姿だけあればいいなという感じです。
そんなアーカイヴの一つになることがこのブログの願いで、細々と続けているわけです。


未来のイメージ

僕は、専門的なことや新しい治療法に関しては何も調べもしなかったので、有益なことは何も言えないのですが、
今まさにがんに向き合っている少年少女やそのご両親がこれを見たらならば、
がんから逃げて逃げて逃げまくりながら、それと同時に全て終わった後の自分の未来を、描き続けて欲しいと言いたいです。
無責任な発言なことはわかっていますが、どうか未来を描き続けることだけは、止めないでほしいです。



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後日追記

現在の僕の状況ですが、結果的には、2回目の肺転移による、肺の一部切除の手術を行った後、
抗がん剤の治療も止め、あとはなる様になれと思ってから現在6年の月日が経ちました。
目安としては5年再発が無ければ安心と言われていたので、日々のことに夢中になっている間にいつの間にか過ぎ去っていたという感じです。
現在も半年に一度定期的にCT検査はしているものの、再発も無く、もう必要ないかとも思っていますが、
定期的に検査している分にはむしろ人よりも健康に気を配れていいかなと思っています。
最近では、検査も単に東京に行く口実の様になっていたりして...(冗談を交えてこう言えることが、何よりもありがたい)。

  1. 2013/06/25(火) 14:00:17|
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褒めるープ

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本日は大学入試センター試験。富山では昨夜雪が降りましたが、どうやらそんなに大きな影響も無く、無事県内5会場で試験が行なわれている様子です。
僕の直接の生徒には大学受験生はいないのですが(ヘルプで数人見たことはありますが...)、
やはり教室に貼られた「センター試験まであと○日」のカウントダウンが「1」になっていた昨日は、僕でもドキドキしました。
生徒の皆さんの、実力通りの力が発揮できればいいなと願ってやみません。

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人生の中での、最初の大きなハードルと言えましょうか。
センター試験を乗り越え、10年余り走ってきた今、ふと振り返ると、後日談的にはそれほど大きなハードルでも無かったのですが(その後にも沢山いろんなハードルあるもんね(汗...))、
当時のことを思えば、高く高くそびえ立つ壁の様に思えていたかもしれません。


どうして勉強しなくてはならないの?と聞かれたら、何と答えるか...

ところで、「ちゃんと勉強しなくては駄目だよ」と子供達に授業中言いながら、
はて…、何で勉強しなくてはならないのか?という問いを自分に繰り返したりしています。
希望の大学に進学する為?将来困らない為?先生や親に怒られるから?...何でだろ?
意外とその辺の理由みたいなものは希薄で、改めて考えてしまうとなかなかこれといった答えが出ない。
それを中高生に対して明確に述べ、納得させるなんてことは、到底無理だなと思ってしまうのです。
自分が中高生の時、明確な将来の夢なんか持ってなかったし、そこに「将来困らない為」なんて言われてもピンと来るわけない。
そんなことより、好きな女の子の気を引くにはどうするのかとか、やりかけのロールプレイングゲームの隠しダンジョンはどこにあるのかとか、
そういう事の方が興味があったし、リアルだった。

でも...じゃぁ勉強しなかったか?と言われると、意外とそうでもなく、勉強したんだよね。
そこんとこの、自分を突き動かすモチベーションって、一体どこにあったのか。
問題を与え、それを嫌々ながらもせっせと解いている少年少女を眺めながら、自分の少年時代の記憶をサルベージする作業をここ数ヶ月行なっていました。



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  1. 2013/01/19(土) 14:30:55|
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鼓動の音が聞こえる

自然が作りだす造形や色彩には、いつも感嘆させられる。
その前では言葉を失い、鳥のさえずりや微風でこすれる木々の葉の音と共に、自分の息づかいや鼓動の音に気付くのです。
人もまた、この景色の一部に過ぎないと言わんばかりに。
そして向き合わなければならない相手もまた、自分の中にあるのかもしれません。
水面に揺らめく波紋が、向こう側の壁に当たって返ってくる様に、
僕の意識の波もまた、水面に映り込む景色に反射して、自分の心の奥底にまで響き渡るのです。

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土の間の水盤 秋

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土の間の水盤 晩秋ー初冬

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土の間の水盤 初冬


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  1. 2012/12/09(日) 22:05:37|
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